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東京高等裁判所 平成6年(う)1237号 判決 1996年3月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人江橋英五郎、同千葉和郎、同三宅能生、同鈴木宏、同山崎順一、同長屋憲一が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事桐生哲雄が提出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は要するに、

第一点 原判決には、必要的共犯者の自白のみによって被告人の有罪を認定した訴訟手続の法令違反がある、

第二点 原判決は、信用性、証明力のない必要的共犯者の供述のみによって被告人の有罪を認定した理由不備の違法がある、

第三点 原判決には、高規格幹線道路(以下、高規格道路という。)、北海道東北開発公庫(以下、北東公庫という。)及びホワイトドームに関する各請託についてのB証言(以下、単に証言という場合は、原審証言をいう。)の矛盾や不合理さを看過し、かつ、経験則違反の判断をした事実誤認の違法がある、

第四点 原判決は、ホワイトドームの建設場所等に関する情報を内報すること、その事業主体に第一コーポレーションが参加でき、その鉄骨工事を共和が受注できるように札幌市や札幌商工会議所等に働きかけること、共和が上磯町におけるリゾート総合開発事業に関して北東公庫に融資申請をした際には便宜な取り計らいが受けられるように同公庫に働き掛けることを北海道開発庁の所掌事務の範囲内と解し、ひいては、北海道開発庁長官たる被告人の職務権限内の行為と判断した点において、法令適用の誤りをおかすものである、また、当時の客観的情勢としては、次期衆議院議員選挙は遅くとも平成二年二月に実施されることが必至であって、被告人の北海道開発庁長官としての任期も右選挙の終了時までと考えられたので、仮に、ホワイトドームの建設事業に関し、Bから右の請託があったとしても、被告人が右任期中に依頼を受けた職務を実施することは不可能であるから、本件は受託収賄罪には該当しないものである、この点においても、原判決には法令の適用の誤りがある、

第五点 仮に、Bから供与された本件金員が賄賂性を有するものとされ、有罪と認定されるにしても、被告人に実刑を科した原判決は、量刑不当であり、被告人に対しては刑の執行猶予の判決があってしかるべきである、

というのである。

そこで、右の各論旨について、当裁判所の判断を示すこととするが、その順序としては、最初に、論旨第三点の事実誤認の主張を取り上げ、かつ、論旨第一、第二及び第五の点に関する所論のうち、B証言の信用性等事実誤認に関する主要なものについては、便宜この中で検討することとする。

第一  事実誤認の論旨について

一  B証言の一般的信用性について

1  関係証拠によれば、原判決の日時、場所において、原判示の金員が株式会社共和の取締役副社長B(以下、Bという。)から被告人に供与されたことが認められ(ただし、原判示第二の二については、共和常務取締役Cから被告人の秘書のDを介して供与)、この点については、弁護人らも特に争うところはない。

そこで、本件における事実認定上の争点は、被告人に対する請託及びその受諾の有無に絞られてくるが、Bは、被告人に対して原判示の請託をなし、その承諾を得た旨を原審で具体的かつ明確に証言しているのである。このB証言は、贈賄側の同人のみならず、収賄側の被告人にとっても、受託収賄罪の、いわば直接証拠となるものであって、本件受託収賄罪の成否は、このB証言の信用性いかんにかかっているといっても過言ではない。

原判決は、(主な争点に対する判断)「第二請託の有無について」の四ないし七において、このB証言の要旨を紹介するとともに、その信用性について検討を加え、Bの証言内容が具体的かつ詳細であって迫真性があること、他の関係者の供述にも符合し、これらの供述と比較対照しても、特に不自然な点や不合理な点は見当たらないこと、被告人に請託をしたとするB証言は、請託の趣旨に沿うとみられる被告人のいくつかの行為によって裏付けられていることを挙げ、そこから

「B証言の信用性は高く、これによれば、被告人がBから犯罪事実記載のとおりの請託を受けたことは明らかである。」

として、原判示の請託及び受諾の事実を認定する。

2  原判決の右のような判断に対する弁護人らの批判は、一口で言えば、「原判決はB証言の矛盾・不合理な点を看過し、またB証言を裏付ける十分な事実もないまま安易にB証言の証明力を認めた」という点にあるが、このような内容的な批判に先立って、所論は、B証言について「引っ張り込み供述」の危険性を主張する。そして、「共和を破産に導いたBとしては、その経営について共和のために行った行為であることを強調して放漫経営の非難を軽くし」、更に、「捜査当局に犯罪を自白して情状を軽くし、これと併合審判を受ける詐欺罪との単一の懲役刑の量刑を極力低くするために積極的に捜査官側の有罪立証に迎合する供述をすることも当然であり」、被告人の職務行為に関する請託及び承諾の有無に関する供述はすべて措信できない旨を強調する。

3  しかし、検察官も指摘するとおり、いわゆる「引っ張り込み供述」というのは、犯人が自己の責任を他に転嫁し、あるいは、その軽減を図るために、犯罪に加担していない他の者を共犯者として仲間に引っ張り込み、自己の行為の一部又は全部をその者に押しつけようとする場合に考えられることであって、本件のような対向犯の場合には、他の者を自己の犯罪の相手方として引っ張り込もうとすれば、責任の転嫁どころか、それだけ自分自身の刑責を増大させることになるのであるから、「引っ張り込み」の危険性はほとんど考えられないといってよい。かかる「引っ張り込み」の危険が考えられるのは、供述者において、たとえ自分が架空の事件で罪を被っても、その者を罪に陥れたいといった、深い怨恨の情を抱いている場合であるとか、他の重大な犯罪容疑に関し、検察官との間に不起訴約束等の取引があるといった特殊な事情がある場合に限られるであろう。

本件についてこの点をみても、まず、Bが被告人に対する贈賄の事実を捜査当局に供述すれば、自分自身もその件で起訴されることは必至であり、起訴されれば、自白をしたということで情状が酌量されるとしても、別件が起訴されただけの場合に比べて、格段に刑が重くなることもこれまた必然であるといってよい。現に、Bは、平成四年二月一日及び同月一七日の二回にわたり、被告人に対する合計九〇〇〇万円の贈賄の事実で起訴され、平成五年五月一七日、東京地方裁判所において、別件の有印私文書偽造、同行使、詐欺の事実と合わせて、懲役五年六月の判決を受けているのである。そして、右判決は、その量刑理由において、同人の贈賄行為を北海道開発行政の公正さに対する国民の信頼等を著しく失墜させたものとして厳しく指弾しているのであって、贈賄の点が量刑上重視されていることが明らかである。

B自身としても、みずからの贈賄事実を自白する際には、当然のことながら、贈賄罪が起訴されることによって刑が重くなることを覚悟していたと認められ(原審第一〇回公判六四八丁)、所論のように、同人が自己の刑を軽くするために、捜査官に迎合して、単なる政治資金として被告人に提供したにすぎない金員にことさら賄賂性を持たせ、虚偽の自白をしたとは認められない。

しかも、Bは、右の東京地方裁判所の判決に控訴することなく服しており(平成四年一一月一日確定)、それによって、平成三年四月一七日青森地方裁判所で言い渡された贈賄罪による懲役二年、四年間執行猶予の判決の執行猶予まで取り消されるという不利益も甘受しているのである。これからみても、Bがみずからの刑を軽くするために虚偽の自白をしたとは考えられないところである。

なお、Bが被告人に対する贈賄の事実について逮捕され本格的な取り調べが始められたのは、平成四年一月からであるが、その時点では、Bは、既に三回にわたって右の詐欺等の事件についての起訴を受け終わっており、検察官との間に、もはや贈賄事件の自白とこれらの詐欺等の事件の不起訴とを取引するような状況になかったことも明らかである。

また、Bは、被告人を介して鈴木善幸元内閣総理大臣(以下、鈴木元総理という。)に共和麹町倶楽部の理事長に就任してもらうよう働きかけており、その内諾まで得ていたところ、ゴルフ場の着工間際になってその約束を事実上反故にされたという事情もあるが、被告人は、この件に関しては、Bの依頼を受けてかなり精力的に動いており、被告人のせいでこの約束が反故にされたわけでもなく、Bとしては、この件については被告人に感謝こそすれ、そのことで被告人を恨む理由は全くなく、ましてや、この点が虚偽の自白をして被告人を虚構の受託収賄罪に陥れるような動機になるとは思われない。

弁護人らは、当審における弁論において、Bの平成四年二月一三日付検察官調書を援用し、同人の被告人に対する反感、憎悪は極めて強く、まさに「引っ張り込み」の危険があった旨主張するが、この調書で、Bが言わんとするところは、事ここに及んだ以上は、被告人としても逃げ隠れせず、率直に真実を明らかにしてほしいということであり、被告人にその度量がない以上、自分の方から、被告人のことも含めすべて真実を明らかにし、法の裁きを受けることを考えるに至ったということである。そして、右調書中の「仮に阿部長官に対する収賄事件及び私に対する贈賄事件を立件しないまま捜査を打ち切るようなことがあれば、東京拘置所内から改めて阿部長官に対する収賄事件を告訴します」というBの供述にしても、自分の言っていることが真実であることをぜひ明らかにしてほしいという一念から出た言葉として理解できるのであって、被告人に対する反感、憎悪の情から、過大な供述をして無理に贈収賄罪を成立させようとする意図があるとは認められない。所論は理由がない。

更に、弁護人らは、Bが捜査官にかかる自白をすることによって放漫経営の非難を軽くしようとしている旨主張する。

しかし、共和の経理上、Bに対する貸付金や使途不明金に計上されていた九〇〇〇万円の金員が同人の私腹を肥やすためではなく、共和の事業を発展させるために政治献金として使われていた旨弁明する限りにおいては、同人に対する非難を軽減することも考えられるが(もっとも、被告人に対する九〇〇〇万円の金員供与が共和の利益を図るために行われた行為であることを強調しても、二〇〇〇億円以上もの借入金を抱えて倒産した共和の経営者としてのBの責任が、さほど軽減されるとも思われない。)、それを超えて、贈収賄事件をねつ造したからといって、なんらBの経営上の責任が軽減されるものではなく、むしろ、悪質な贈賄行為まで行っていたとして、同人に対する社会的非難が一層強まることは必至であるので、同人が放漫経営の非難を軽くする意図をもって虚偽の自白をしたとする右所論は、到底採用しがたいものというほかない。

4  以上のいずれの点をみても、Bが被告人を架空の贈収賄罪に引っ張り込むために虚偽の自白をしたとは認められず、Bが本件贈賄の事実について自白したのは、原審第六回公判において同人自身が供述するように、共和を倒産させた経営者として、刑事上の問題についても、被告人に対する贈賄のことをも含めて事実をありのままに述べて裁きを受け、刑に服することが自分の責任の取り方であると覚悟したことによるものと考えられる。もちろん、Bの証言内容については、個々に慎重な検討を加えなければならないが、本件に関するB証言が右のような動機に発し、自己に不利益な事実であるにもかかわらず、自発的になされていることからすれば、基本的には、その信用性は高いというほかなく、この点に関する所論は採用の限りでない。

二  高規格道路に関する請託について

<中略>

以上のとおりであるから、被告人に高規格道路の通過ルートの内報を請託して金員を供与したというB証言は、十分信用できるものであり、この事実を認定した原判決にはなんらの事実誤認もない。

三  北東公庫に関する請託について

<中略>

6 以上のとおりであるから、「被告人は、Bから共和が上磯町におけるリゾート総合開発事業に関して北東公庫に融資の申請をした際には便宜な取り計らいが受けられるように同公庫に働き掛けることの請託を受けた」旨認定した原判決の事実認定にはなんの事実誤認もない。

四  ホワイトドームに関する請託について

<中略>

以上のとおりであるから、ホワイトドームに関する請託の事実を認定した原判決には、なんら事実誤認はなく、論旨は理由がない。

五  弁護人らの主張する本件金員授受の趣旨について

1  判示第一の一の冒頭にも述べたとおり、被告人が原判示の日時、場所において、Bから原判示の金員の供与を受けた事実は、被告人も認めるところである。そして、供与金額が九〇〇〇万円という多額にのぼること、もとより政治資金規正法に基づく報告がなされているわけでもないこと、当時被告人は北海道開発庁長官であり、これを提供したBが北海道で開発を手がけていた業者であったことなどからすれば、被告人において、その賄賂性を否定する以上、いかなる趣旨のものとしてその供与を受けたのかを積極的に明らかにすべきである。それは、政治家としての道義的責任であるばかりでなく、訴訟上も反証としてその必要に迫られているといってよい。

弁護人らは、「被告人は、本件各金員の授受は争っておらず、被告人の政治活動の資金として共和から提供され、そう信じてその趣旨で受領し、それに充当してきたものである」旨主張するが、単に政治活動の資金として提供されたというだけでは、実質的な説明にはなっておらず、被告人が共和なりBからどうしてこれだけ多額の政治資金をもらえるのか、また、もらってよいのか、その理由を明らかにしない限り、被告人の弁解としては、十分ではないと思われる。

2  被告人とBとは、平成元年二月に株式会社五大の社長Eの紹介によって知り合うようになり、その後幾度か宴席を重ね、話を交わすうちに交際が深まり、Bも、同年五月被告人の要請に基づいてHを被告人の私設秘書として出向させ、また、同年六月には、丸紅問題の解決のために、被告人からI衆議院議員を紹介してもらい、同年七月同議員のあっ旋により、この問題が刑事事件にならずに円満に解決したことから、被告人にその謝礼として三〇〇〇万円を贈るといった間柄にまでなった。

しかし、そうはいっても、親戚、旧知の関係にはなく、選挙区の従前からの支援者であるとか、出身地や学校を同じくする関係での密接な個人的つながりがあるわけでもない。同年八月当時、被告人とBとは、知り合ってからまだ数か月しか経っていないうえ、Bの被告人に対する人物評価からみても、Bが被告人の人格に心酔し、あるいは、その政治的信条に共鳴して、純粋な気持ちから政治家としての被告人の支援を考えたとは認めがたい。先に述べた交際の経緯からも明らかなように、二人の関係は、所詮、政治資金の援助を求める政治家と政治家とのパイプを太くして事業に役立てようとする企業家とのギブアンドテークの関係にあったと認められる。そうである以上、Bから受け取った金員の見返りに、被告人において与えるべきものが何であったのかが問題とされてくるのである。

3  この点に関する弁護人らの主張は、控訴趣意第三点四「本件判示事実における各金員授受の趣旨について」をみる限りにおいては、「被告人の政治活動の資金として共和から提供され、そう信じてその趣旨で受領し、」というだけで、Bからかかる高額の政治資金が提供された動機、原因が必ずしも明らかにされてない。しかし、第五点「量刑不当」によると、Bは、共和の広告塔として被告人を利用し、その見返りとして政治献金をしていた旨の主張がみられるので、便宜、この主張を右の点を内容的に補充する主張として扱い、これについて判断することとする。すなわち、

「Bは、共和の広告塔として政治家を利用しようとし、その道具として使われたのが被告人である。Bは被告人を仲介者として、多数の政治家と近づき、之を利用して丸紅問題を解決してもらい、第一コーポレーションその他の金融機関から融資を受け、更には麹町クラブという会員組織をつくって巨額の資金を集めることを計画していたものである。その為には、被告人に対する政治献金(投資)は、安いものであったに相違ないのである。」

というのである。

しかし、丸紅問題を解決してもらった謝礼としては、本件金員とは別個に被告人に三〇〇〇万円とI議員に二〇〇〇万円がそれぞれ供与されているのであるから、本件金員がこれとなんら対価関係に立つものでないことは明らかである。

また、被告人を金融機関からの融資に利用したという点も、いささか認めがたいところである。被告人が共和の種々の行事や会合に出席していかに共和をほめようと、また、Bが共和のバックに被告人がいることをいかに吹聴しようと、金融機関から融資を受ける際に、それが共和の信用を高めることにそれほど役立っているとは思われない。この点は、既に、第一の四中の(弁護人らが主張するBの被告人利用の意図)の項において述べているので、ごく簡単に触れるが、第一コーポレーションの関係者らの証言によっても、同社のようなノンバンクの場合は、銀行などと違って融資は案件第一で行われ、融資先の実績、信用もさることながら、しっかりした担保があれば、基本的には融資を行うという担保第一主義がとられており、その営業方針は、同社の取引先もみな知っていたと思うというのである。共和が融資を受けている金融機関は、主としてノンバンクであって、これらの金融機関と取引を続けてきたBが共和のバックに被告人がいることを誇示すればノンバンクから融資を受けやすくなると考えていたとは思われない。第一コーポレーション以外のノンバンクとの関係でも、被告人が共和の融資のために役立ったという事情もみあたらない(なお、弁護人らは、当審弁論において、「第一コーポレーションへは、(被告人が)共和を売り込んだりしている」旨主張するが、被告人は、「川崎」での宴席に出席するまで、K社長以下の第一コーポレーションの幹部とは面識がなかったのであり、その初対面の被告人が既に同社と一〇〇億円を超える取引実績を有していた「共和を売り込んだりした」というのもおかしな話である。)。結局、この点は、被告人の信用を過大に評価した弁護人らの一方的な見解にとどまるものというほかない。

最後の共和麹町倶楽部の点であるが、この計画は、共和が麹町に所有していた土地の有効利用を図るという観点から生まれた構想であり、この土地にメディカルクラブ(アスレテック機能も含む。)を建て、これと開発中の筑波ロイヤル、五浦、舞鶴城の各ゴルフ場とをセットにした会員制の高級クラブを作り、最終的には一〇〇〇億円以上の売上を期待するという大型プロジェクトであった。Bも、この計画に期待するところが大きく、被告人を介して鈴木元総理に共和麹町倶楽部及び同倶楽部緒川コース(筑波ロイヤルがこの構想の中ではこう呼ばれていた。)の理事長に就任してもらうほか、宏池会の人たちにも一肌脱いでもらうことを依頼していたので、確かに、この関係では、Bも、被告人の利用価値を認めていたといってよい。しかし、これに対しては、Bの原審及び当審証言から認められるように、総額として一〇億円という報酬が別途約束され、一部前金も支払われていたのであるから、本件金員が共和麹町倶楽部の関係で被告人に動いてもらうことの対価として供与されたものでないことは明らかである。

その他、被告人が共和の各種行事に出席し、共和を引き立てるような挨拶をしていることは事実であるが(もっとも、上磯町での被告人の長官就任祝賀会や共和の函館分室の披露パーティなどは、被告人のための会、あるいは、被告人の選挙区での行事であって、その時期も選挙前であるので、被告人としても、共和のためだけに出席しているわけではない。)、この程度の利用価値で、Bが九〇〇〇万円もの金員を被告人に供与したとは認められない。

したがって、これらの説明では、Bは被告人に九〇〇〇万円もの金員を供与した理由が解明されているとはいいがたい。

4  所論は、Bからの金員の提供は、「北海道開発庁長官としての職務行為とは関係なく、被告人が自由にその政治活動のために使用してよい政治資金として提供されたものであり、それ故に、被告人が同長官に就任する前から、その退任後も、共和の破産まで右金員の提供があったのである」旨主張する。

しかし、被告人の長官就任前に供与された金員のうち、丸紅関係の三〇〇〇万円は、政治資金とは別個の謝礼であり、所論の趣旨で提供されたものでないことは明らかである。また、その後の二〇〇〇万円は、関係証拠によれば、大臣取りに必要な根回し資金として、被告人の要請に基づいてBから供与されたものと認められ、更に、B証言によれば、同人は、この際、被告人に根回し資金を用立てて恩を売っておけば、この先被告人が大臣になったときに共和の事業上の利益のために働いてくれるだろうと判断したというのであり、被告人も、平成元年八月三日ころ、二度目の一〇〇〇万円の援助を申し込んだ際、「大臣になったら、政治生命をかけて共和のために尽くすからな。」と言ったというのである。この二〇〇〇万円が被告人の念願であった大臣取りの根回し資金であり、前記城丸秘書も、被告人から「共和のお蔭で大臣になれた」と聞いているだけに、被告人の言に関するB証言は十分に信用できるものである。老練の政治家である被告人としても、知り合ってまだ日も浅いBが、なんらの見返りも期待しないで、被告人のために大臣取りの根回し資金を用立ててくれると考えるほど甘くはないと思われる。

更に、B証言によれば、同人が被告人の北海道開発庁長官退任後にも、事務所経費の面倒をみるという形で資金援助を行ったのは、在任中に実現しなかった請託事項を引き続き前長官であり、北海道三区選出の有力代議士である被告人の政治力を行使して実現してもらうためであったと認められる(原審第一〇回公判六三九~六四〇丁)。このように、被告人の長官就任前の金員供与にも将来大臣となって共和のために働いてもらうための先行投資としての性格があり、また、退任後の金員供与にも、右B証言によれば、被告人から「これまで頼まれていることは全力で精一杯やる」という言質をとったうえで実行されているのであるから、し残した請託事項を実行してもらうための対価的意味合いが強いといってよい。したがって、Bの被告人に対する金員供与が被告人の長官在任中のみならず、長官就任前にも、退任後にも行われているからといって、長官在任中の本件金員供与が賄賂であることをなんら否定するものではない。この点に関する弁護人らの所論も採用の限りでない。

六  弁護人らのその他所論を子細に検討しても、原判決に事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

第二  訴訟手続の法令違反の論旨について<略>

第三  理由不備の論旨について<略>

第四  法令適用の誤りの論旨について

一  北海道開発庁長官の一般的職務権限について

1  原判決は、北海道開発庁長官としての被告人の職務権限について、被告人は、平成元年八月一〇日から平成二年二月二八日までの間、国務大臣北海道開発庁長官として、

<1> 北海道総合開発計画(以下、開発計画という。)についての調査、立案

<2> 同計画に基づく事業(以下、開発事業という。)の実施に関する事務の調整、推進

<3> 北海道開発予算の一括要求

<4> 北東公庫に対する指導、監督

等の事務を所掌する北海道開発庁の事務を統括するなどの職務に従事していた旨を判示する。

2  右に判示した北海道開発庁の所掌事務のうち、<1>、<2>及び<4>は、それぞれ北海道開発法五条一項一号及び二号に規定されており、また、<3>は、右の<2>の権限を実効あらしめるために、昭和二五年二月一〇日及び同年七月二一日の各閣議決定で認められ、また、北海道開発庁長官が同庁の事務を統括することは、国家行政組織法一〇条の規定するところである(なお、北東公庫の監督に関する内閣総理大臣の権限に属する事項のうち、東北地方に関する業務を除いたものについては、内閣総理大臣の委任により、原則として、北海道開発庁長官が専決処理するものとされている《昭和四八年七月七日付総理府通知》。)。

このように、原判決が北海道開発庁長官の一般的な職務権限として判示したところは、法律、閣議決定等に根拠をもつものであって、もとより相当であり、弁護人らもこの点を争うものではない(なお、北海道開発庁の北東公庫に関する監督権限が個別融資におよぶかどうかについては後に検討する。)。

3  もっとも、原判決は、北海道開発庁の所掌事務中、<2>の「開発計画に基づく事業の実施に関する事務の調整、推進」の点について、原判示(犯罪事実)においては、条文に規定されたとおりに判示しているものの、(主な争点に対する判断)「第一北海道開発庁長官の職務権限について」の項において、「(ホワイトドーム建設は、)開発計画に基づく事業であり、その推進は、北海道開発庁の所掌事務の範囲内にあると認めるのが相当である。」(原判決書一一丁)とし、更に、「ホワイトドーム建設事業を推進する権限に基づき、……」(同一四丁)などとしている点は、「開発事業の推進」そのものを北海道開発庁の所掌事務とする趣旨に解されかねないので、やや正確性を欠くといわなければならない。厳密にいえば、開発事業そのものの推進は、建設省、農林水産省、運輸省等の現業官庁・実施官庁の所掌するところであり、企画官庁・調査官庁たる北海道開発庁は、いわば開発事業推進のブレイン役あるいは取りまとめ役として、「開発計画についての調査、立案」及び「開発事業の実施に関する事務の調整推進」を直接の所掌事務とし、それを通して「開発事業の推進」を図るべきものとされているのである。その意味では、北海道開発法は、「事業の推進」と「事業の実施に関する事務の推進」とを区別したうえで、「事業の実施に関する事務の調整及び推進」を北海道開発庁の所掌事務としていると解されるので、当審としては、北海道開発庁の所掌事務のうち、右<2>の点については、条文に規定されたとおり、「事業の実施に関する事務の推進」と解し(ただし、「事業に関する推進権限」といった表現を用いることもある。)、そのうえで、請託事項が被告人の職務権限の範囲内にあるかどうかを判断することとする(もっとも、沖縄開発庁設置法四条二号、三号は、沖縄開発庁の所掌事務について、「振興開発計画に基づく事業の実施に関する事務の調整、推進」という表現を用いず、「振興開発計画の実施に関する事務の調整、推進」という表現を用いている。この沖縄開発庁設置法の制定に当たっては、既に発足していた同じ地域開発官庁である北海道開発庁の調整推進事務の実態が参考にされ、かつ、そのありようが是認されて、右の規定になったものと思われる。これからすれば、逆に、北海道開発法五条一項一号に規定する「開発計画に基づく事業の実施に関する調整及び推進」も、沖縄開発庁設置法四条二号、三号に規定するところと同様に、「開発計画の実施に関する事務の調整及び推進」の意味に解してよいと思われる。)。

二  北海道開発法五条一項一号の解釈について

所論は、北海道開発法二条の「これ(開発計画)に基づく事業」の実施主体は「国」であり、同法五条一項一号後段の「これに基づく事業」の実施主体も「国」である、したがって、ホワイトドーム建設事業が「開発計画」に載っているからといって、国が実施主体ではないのであるから、北海道開発庁の「調整、推進」の対象とはならない、というのである。

そもそも北海道総合開発計画は、原判決も判示するように、北海道の資源を総合的に開発することによって、今次大戦で大きな痛手を受けた我が国経済の復興を図ろうという国家的見地から始まったものであるが、当初、民間企業の疲弊や北海道における民間資本の立ち遅れもあったため、開発計画に基づく事業の実施も、国の実施する公共事業中心に考えられ、いきおい、北海道開発庁の所掌する開発事業の実施に関する事務の調整及び推進も、行政機関相互の調整と公共事業の推進に重点を置くものと解されてきたということができる。しかし、北海道総合開発計画は、その発足の当初から民間事業を対象から除外するものではないし、次第に産業基盤が整備され、民間企業等も国と共に北海道の開発を支えるだけの実力を身につけるようになるにつれ、計画自体も、民間プロジェクトの果たすべき役割を評価し、その支援や推進をこの計画の中に大きく取り込むようになってきたのである。

このような経過も加味して北海道開発法二条と同法五条の関係をみるに、まず、同法二条は、国に開発計画を樹立する責務を課するとともに、国を開発事業の第一次的実施主体として位置付けたものということができる。しかし、同法二条も、開発事業をすべて国が行うという建前をとるわけではなく、弁護人らも認めるように、民間等の事業を含めて開発計画を樹立することをなんら否定するものでない。そして、同法二条は、民間等の事業も含む開発事業のうち、国の行うべき事業について、更に、事業の開始年度を昭和二六年と定め、また、開発事業をそれぞれの事業に関する法律の規定に従って実施する旨を定めているところに実定法的意義を有するのであって、その余の民間等の事業の実施については、なんら触れるものではないのである。したがって、同法二条の「これに基づく事業」の実施主体が「国」であるということから、北海道開発庁の所掌事務に関する同法五条一項一号後段の「これに基づく事業」の実施主体も「国」であるという解釈が直ちに導き出されるものではないといってよい。同法五条は、その一項一号において、同庁に開発計画に関する調査、立案権限を認めるとともに、開発事業に関する調整推進権限をも認めるものであるが、このうち、調査、立案権限についてみると、北海道開発庁が民間等の事業をも対象に含めて開発計画を立案することができることは当然であり、この点は弁護人らも争うものではない(控訴趣意書一六七頁)。そして、北海道開発庁は、開発計画を立案するにとどまるものではなく、立案され、樹立された開発計画の実現を図ることもその責務としていると解され、そのために調整推進権限を有するのであるから、開発計画に載せられた事業については、国の事業と民間等の事業とを区別することなく、そのすべてについて推進権限を及ぼしうると解するのが同条の最も合理的な解釈といってよい(もっとも、調整は国の機関相互の問題と解するのが一般であるが、これも五条一項一号後段の「これに基づく事業」の実施主体が国であることを裏付けるものではなく、国と地方公共団体、あるいは、民間企業相互間の調整などは、推進権限の中に含まれるというにすぎない。)。条文の文理的な解釈としても、五条一項一号後段の「これに基づく事業」とは、同号前段を受けて、「これ」すなわち「開発計画」に基づく事業を指し、これらの開発事業のうち、特に国を実施主体とする事業に限定する趣旨ではないと解するのが自然である。重ねて述べると、民間等の事業を開発計画に載せるのは、国や地方公共団体等がこれを北海道開発にふさわしいものと認めて助成支援し、その推進を図るためであるが(第五期北海道総合開発計画[5]計画の推進方策1「地域開発のプロジェクトの推進」においても、新千歳空港建設等第三セクターの事業について、「その推進を図る」とし、また、「民間において発想されるプロジェクトについては、適切な支援体制を整備し、その推進を図る。」とする。)、それにもかかわらず、肝心の北海道開発庁がその民間等の事業の推進を図ることができないというのでは、なんのために開発計画に載せたのかもはっきりせず、施策として甚だ不徹底なものになってしまうというほかない。以上の点を総合すれば、同条一項一号後段の「これに基づく事業」を国が実施主体になる事業に限定する所論は当を得たものではなく、到底採用することができない。

三  ホワイトドームの建設予定場所に関する情報の入手、出資企業と関連工事施工業者の紹介について

1  そこで、次に、ホワイトドームに関する本件請託事項、つまり、ホワイトドームの建設予定場所等に関する情報を内報することや第三セクターに出資する企業として適当な企業を札幌市や札幌商工会議所等に紹介したり、ホワイトドームの建設工事やその関連工事にふさわしい施工業者を札幌市や第三セクターにあっ旋紹介することが、「開発計画についての調査、立案」や「開発事業の実施に関する事務の調整及び推進」という北海道開発庁の所掌事務に含まれるかどうかを検討する。

先にも述べたとおり、北海道開発庁は、基本的には企画官庁であり、調整官庁であるので、実施官庁の事業執行権限や許認可権限等、その専権に属する事項に介入することが許されないことは当然であるし(ちなみに、北海道開発庁総務課長の経験を有する天本俊正証人も、同庁の権限として、道路事業をやるに際し、建設省に対して業者の紹介やあっ旋をする権限はない旨証言する。)、国の機関以外との関係においても、その調整推進権限の行使が民間等の事業主体の自主性や自己決定権を損なうものであってはならないことはいうまでもない。しかし、同庁は、各省庁別個に行われてきた北海道開発に関する施策の一体化を図り、これを効率的に推進するために設置されたものであるから、開発事業に関する同庁の推進権限も、この目的達成のために積極的に行使されることが期待されているのであって、右に述べたような推進権限の内在的な制約に触れない限り、その及ぶ範囲も広く認められてよいと解される。例えば、同庁が、開発計画に載った事業を支援するための施策を検討するという観点から、他官庁や地方公共団体あるいは民間企業等に必要な情報の提供を求めることも、同庁の調査あるいは推進事務の一環として行いうるところである(北海道開発庁の調査権限は、開発計画作成のためだけではなく、開発計画に載せられたそれぞれの事業をフォローするためにも認められていると解されている。)。また、開発事業推進のために必要ないし有効と判断される事柄について、地方公共団体や民間企業等に対して働きかけをすることも、事実上の強制にわたらぬ限り、推進権限に基づく行政指導として許されるところというべきである。特に、開発事業に関する専門的な知識や経験を生かして、助言し、相談にのり、指導を行うことは、北海道開発庁に期待されているところと思われる。

2  このような観点から、ホワイトドームに関する本件請託事項が被告人の職務権限内にあるかどうかについてみるに、原判決の判示するところは、

「ホワイトドーム建設事業については、ドーム周辺の道路交通基盤等の整備が不可欠であり、同事業を推進するためには、ホワイトドーム建設予定場所を構想段階からいち早く知る必要があることは明らかである。したがって、北海道開発庁は、札幌市、札幌商工会議所、推進会議等から、建設予定場所、時期等に関する情報を入手する権限をもつと解される。また、同様にホワイトドーム建設事業を推進する権限に基づき、実施主体として予定された第三セクターに出資する企業の募集に関して、適当な企業を札幌市等に紹介するなどの指導、助言を行ったり、特殊な専門知識、技術を要するドームやその関連工事に関して、その工事にふさわしい施工業者をあっ旋紹介することも、北海道開発庁の一般的な権限の範囲内にあるものと認めるのが相当である。」

というのであって、いずれも相当であり、当裁判所としても、この判断を是認することができる。

3  所論は、第三セクターによる事業は、非公共のプロジェクトであるから、北海道開発庁の行う調査も、おのずとその内容範囲等について限界を有するもので、「未公開」の秘密情報を要求できる法的権限はない旨主張するが、ホワイトドーム建設事業を非公共の民間プロジェクトとみることができないことは、後述するとおりであるし、北海道開発庁が提供を求めることのできる情報を公開情報に限るべき理由はなく、事業の支援助成等のために必要と判断されるような場合には、未公開の秘密情報であっても、その提供を求めうると解されるので、所論は失当というほかない(もっとも、北海道開発庁の調査権限といえども、相手方を義務付けるものではないから、これに応ずるか否かは相手方の任意であって、秘密の程度やその情報を提供することによって得られる助成や援助の面での利益等を衡量して応ずるか否かを決すれば足りることである。)。

4  所論は、北海道開発庁が民間プロジェクトを開発計画に載せるについては、民間企業の承諾を得る手続もない、それにもかかわらず、これに載せた以上は北海道開発庁の推進権限の対象となるというのは、「所掌事務のお手盛り」を容認するもので、許されるものではない、原判決が民間の実施する事業に推進権限が及ぶと解しても、民間企業等に対して特段の制約を課するわけではないから、民間の事業に対する不当な干渉というには当たらないとするのは本末転倒である、所掌事務に関係のない行政指導はありえず、「特段の制約を課するわけではない」から「所掌事務と考えていい」というのは論理の展開が逆である旨主張する。

しかし、北海道総合開発計画は、閣議決定に基づくものであって、北海道開発庁の「お手盛り」という非難は当たらないばかりか、前述のように、北海道開発庁は、北海道の開発を図るために総合的な計画を樹立し、その計画の実現のために取りまとめ役、推進役を果たすことが期待されているのであるから、その調整推進権限も、他の省庁の専権事項を侵さず、また、事実上の強制となって民間企業等の自主性や自己決定権を損なうことのない限りは、広くこれを認めてよいと思われる。弁護人らは、「特段の制約を課するわけではない」から「所掌事務と考えていい」というのは、論理の展開が逆である旨主張するが、原判決は、「民間企業等に対して特段の制約を課するわけではないから、民間の事業に対する不当な干渉というには当たらない。」というにとどまるし、右に述べたところからすれば、「特段の制約を課し、不当な干渉とならない限り、推進権限を及ぼしうる」と解することになんら不当はないのである。

5  また、所論は、「これまでの裁判例は、各省大臣の職務権限について判断するにあたっては、各省の設置法やそれに関する法律、政省令、通達、内部基準等の内容を具体的に検討しているが、原判決は、北海道開発法五条の「推進」の規定以外の具体的な根拠なしに、無限定に北海道開発庁長官の職務権限の行使を許容する点において法令の適用を誤っている」というのである。

しかし、原判決も、政省令、通達等があるのに、それらを無視して、前記の見解を示しているわけではなく、かかる政省令、通達等がないというにすぎず、かかる政省令、通達等を設けなければ行政指導を行いえないというものでもないから、主張自体失当というほかない。一般に、行政機関は、その所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導が公務員の職務権限に基づく職務行為と認められることは、最高裁判例(平成七年二月二二日大法廷判決・最高裁刑事判例集四九巻二号四五七頁参照)の判示するところである。そして、企画官庁・調整官庁の場合には、事業に対する許認可権限や監督命令権限を有する実施官庁とは異なり、権限規定や権限行使に関する内部基準等が比較的少ないのも当然であって、原判決が北海道開発法五条を根拠に、札幌市、札幌商工会議所等に働きかけることを北海道開発庁の所掌事務の範囲内にあると解したことには、なんらの違法もないというべきである。

6  所論は、原判決は、「開発計画」の基本的性格を正しく理解せず、そのため、北海道開発庁の所掌事務の範囲を誤った旨主張する。すなわち、第五期北海道総合開発計画は、計画の性格について、「この計画は、政府公共部門における事業実施の基本となる。また、財政投融資等による民間活動の誘導助成はこの計画に沿って行われる。さらに、民間部門の諸活動に対しては、この計画が指針となることが期待される。」旨記載しているのであって、第三セクターによる非公共のプロジェクトであるホワイトドーム建設事業については、この計画は「民間諸活動の指針」にとどまるものである。したがって、この「民間諸活動の指針」という立場を厳守する限りにおいて、北海道開発庁がその独自の判断で北海道の開発にふさわしいものとして、開発計画に記載することが許されるのであり、それを超えて勝手に開発計画に記載したことにより北海道開発庁が無限定にその調整推進権限を有することになるものではない、というのである。

しかし、先にも述べたとおり、開発計画は、閣議決定に基づくものであって、所論がいうように、北海道開発庁が「独自の判断」で策定するものではないし、特定の民間事業を同庁が「勝手に」この計画に記載できるものでもない。更に、ホワイトドームの構想は、冬季厳寒多雪の北海道において、札幌市民、北海道民が通年利用できる全天候型多目的施設を札幌市が中心となって整備しようという多分に公共的な構想であり、用地も市が提供し、事業主体となる第三セクターに対する出資についても、市等においてその過半を拠出することが考えられていたのであるから、この計画を単なる非公共の民間プロジェクトとみることは相当ではないというべきである。したがって、所論は、その前提の大半を欠くうえ、国がホワイトドーム建設計画を北海道の開発にふさわしいものとして、この開発計画に載せる以上、北海道開発庁がその推進を図りうることは当然であって、札幌市や札幌商工会議所等においても、この開発計画を指針として、ホワイトドームの実現に向けて努力することが期待されているのである。また、このように開発計画に載せられたことによって、北海道開発庁の所掌事務の範囲内に入り、事業推進の観点から同庁の行政指導等を受けることがあるといっても、その行政指導が無限定のものでないことは、前記の開発計画の性格からみても、もとより当然である(例えば、ホワイトドームの建設計面が進み、国が周辺のインフラ整備を検討するような段階になった場合には、北海道開発庁の札幌市や第三セクター等に対する助言指導等も、双方の事業の有機的連携を図るために相当の範囲程度に及びうるものと思われるが、まだホワイトドーム計画が構想の段階にとどまるような場合においては、札幌市や札幌商工会議所等に対する助言指導も、民間部門の諸活動に対すると同様に、謙抑的に行使され、不当な干渉にわたらない程度にとどめられるべきであろう。その点では、監督権限、許認可権限を背景にした行政指導と、助成支援を通じてその推進を図るという観点からの行政指導とでは自ずから働きかけの許される程度に差があることも否定できない。しかし、第三セクターの核となる有力企業の不足が第三セクター設立のネックとなっているような場合に、北海道開発庁が札幌市や札幌商工会議所等に一定の企業を紹介し、第三セクターへの参加をあっ旋することは、それが紹介あっ旋にとどまる限り、行政指導とはいっても、むしろ、支援の一方策にも近いものであって、札幌市や札幌商工会議所の自主性、自己決定権を損なうことになるとは思われない。)。したがって、開発計画に載せたことにより、北海道開発庁が無限定に調整推進権限を有することになるのは不当だとする弁護人らの非難も当たらないと思われる。所論は理由がない。

7  なお、収賄罪において当該行為が職務行為といえるかどうかは、その公務員の一般的な職務権限内にあるか否かによって決せられるのであって、一般的な職務権限内にある限り、仮に具体的な権限行使がその裁量権の範囲を逸脱したとしても、それが収賄罪の成否に影響を及ぼさないことは、原判決の判示するとおりである。

四  衆議院議員選挙と職務執行の可能性について

1  所論は、仮に被告人が原判決の認定するような請託を受けたとしても、被告人の北海道開発庁長官としての任期は、遅くとも平成二年二月に実施されると考えられていた次期衆議院議員選挙までの期間であり、その間にホワイトドームの建設が決まるかどうかは未確定で、仮にそれが実現に向けて具体化していくとしても、被告人の長官在任中に具体化することはありえなかった、したがって、被告人が請託を受けた職務を実行することがありえず、受託収賄罪の成立を認めることはできない旨主張する。

しかし、第一の四において述べたとおり、請託のあった平成元年一〇月当時は、推進会議の中間報告書も既に発表されており、年内には最終提案書が発表され、ホワイトドームの建設候補地も、その中で、一か所に絞り込まれることが予定されていたのである。そして、この推進会議には、札幌市も、主体的、主導的に参加しており、推進会議によって提案される最終提案書には、札幌市の意向が十分に反映され、特に、建設候補地については、その用地を提供する市の内部的決定に沿ったものとなると考えられていたのであるから、一般には、その後の市の検討によって、提案された建設場所が変わることはまずないと考えられていたのである。Bは請託当時推進会議の存在を知らなかったにしても、同人が被告人に内報を求めていた情報は、その実質において、市が内部的に決定したうえ、推進会議が最終提案書に盛り込むこととなる建設場所等に関する情報であり、しかも、それを推進会議が外部に公表する前にできる限り早く内報してもらうことであったのである。そして、前記伊藤順一の証言によると、最終提案書の発表が平成元年一二月ということであれば、同年九月ころには建設場所も内部的には決定されているし、提案書の発表が平成二年春にずれたにしても、建設場所の内定は、同年一月ないし二月の初旬ころをめどとしていたというのである(現に、同年四月の最終提案書の発表を前に、同年二月上旬には、市の助役を交えた検討の結果としても、東札幌駅跡地が建設予定地として最適という結論が出されていたのであり、ただ、各種の政治的判断から、これを外部に公表せず、最終提案書でも、東札幌駅跡地と八紘学園地区の二か所を両論並記とすることにした。)。したがって、請託当時としては、被告人が、長官在任中に、Bの求める情報を内報することは可能であったということができる。

2  また、第三セクターに第一コーポレーションが参加できるよう札幌市や札幌商工会議所等に働きかけるということも、第三セクターが設立される以前の参加企業を選定する準備段階でやらなければならないことであり、平成元年一〇月の時点で考えれば、被告人の長官在任中に札幌市や札幌商工会議所等が選定作業の準備に入る可能性は十分にあったということができる。また、この第三セクターに参加する企業の選定等は、右に述べたとおり、札幌市や札幌商工会議所が中心となって行うものであるから、第三セクターの設立が本決まりになる以前であっても、被告人が、これらに働きかけを行うことは十分可能であり、札幌商工会議所の専務理事であり、ホワイトドーム建設計画の推進に携わってきたRに第一コーポレーションを紹介し、第三セクターへの参加をあっ旋したことは、既にBの請託に沿う行為であったと評価しうるのである。

3  共和が鉄骨工事を受注できるように札幌市等に働きかけるという点については、確かに、これを最終的に決めるのは、ホワイトドームの建設を請け負った工事主体のゼネコンであって、被告人の長官在任中に決まるような事柄でないことはいうまでもない。しかし、そのゼネコンにしても、発注者である第三セクターの意向を無視するわけにはいかないところがあり、だからこそ、Bも、共和が鉄骨工事等を受注できるよう設立予定の第三セクターに第一コーポレーションを送り込もうとし、また、第三セクターに強い影響力を持つであろう札幌市や札幌商工会議所等に働きかけることを被告人に請託したのである。かかる働きかけは、何もホワイトドームの建設が正式に決定されたり、第三セクターが設立されるのを待つ必要はなく、ホワイトドームの建設が実現に向けて具体化していく中で、被告人が長官在任中にその権限を行使して行えばよいことであり、十分に実行可能のことであったといってよい。

これらの点からすれば、請託事項について職務執行の可能性がなかったとする弁護人らの主張は理由がないといわなければならない。

4  もっとも、このように、被告人が札幌市や札幌商工会議所等に働きかけること自体は、長官在任中に十分可能であったとしても、第一コーポレーションの第三セクターへの参加が正式に認められたり、共和が現実にホワイトドーム関連の鉄骨工事の発注を受けることまで被告人の長官在任中に可能であったかとなると、なんともいいがたいところがあり、特に後者の実現はきわめて困難であったということができる。その意味では、請託の時点に立っても、被告人の長官在任中に請託の最終目標を達成できないことは考えられることであったといってよい。しかし、Bとしては、前述したとおり、被告人が長官在任中に請託事項のすべてを実行してくれればなにも問題はないし、実行できなかった場合においても、し残したことは、次の選挙で当選して北海道開発庁長官に重任してもらって、再び長官としての権限で実行してもらうか、そうでなければ、前北海道開発庁長官たる有力代議士として、その実現に努力してもらうことを考えていたのであって(原審第九回公判五八五丁)、被告人が長官在任中にその職務権限を行使して実行することの可能な建設予定地の内報や札幌市、札幌商工会議所等への働きかけを請託している以上、被告人の長官在任中に請託の最終目標を達成できない可能性があり、し残したことは、長官に重任されるという機会に恵まれるか、前長官たる代議士という職務権限を離れた事実上の影響力によらなければ実現できないとしても、その職務に関して請託したものと認めてなんら差し支えないのである。

所論は、被告人の北海道開発庁長官重任の可能性との関連において、本件のような将来の職務の執行について受託収賄が認められるためには、<1>対象となる具体的職務が将来発生する蓋然性があること、<2>将来その具体的な職務を担当することが相当確実であることの二要件を必要とすべきである旨主張する。しかし、Bの請託の趣旨は、被告人が北海道開発庁長官に重任されたら、そのときは一定のことをしてほしいというものではなく、現に長官としてなしうる事項を請託しているのであって、在任中にできるだけのことをしてもらい、し残したことについては、被告人に長官に重任してもらうか、あるいは、前長官たる代議士としてその政治力を行使して実現してほしいというのであり、単なる将来の職務執行に関する請託とは全く趣旨を異にするのである。したがって、本件を将来の職務についての受託収賄とみる所論は、立論の基礎において既に間違っているといわざるをえず。もとより採用の限りでない。

五  北東公庫の融資に関する北海道開発庁長官の職務権限について

1  北東公庫の融資に関する北海道開発庁長官の職務権限について、原判決が判示するところを引用すると、やや長文にわたるが、次のとおりである。

「この監督権限は、北東公庫の融資等の業務が一般的な準則に沿って適切に行われているかについて行使されるものであり、特段の必要性もないのに個別の融資についてまで行使されるものではないが、前記天本証言がいうように北東公庫の融資が反社会的なものである疑いがあるとか、関係法規に違反する疑いがあるような場合には、その監督権限は個別の融資にも及ぶものと考えられる。また、北海道開発庁が開発計画に含まれる民間の事業を推進する権限を持つことは前記のとおりであり、このような事業に関し、北海道開発庁がその監督権限を背景として、北東公庫に対して融資するよう指導することは、民間の諸活動に対する推進の有力な方策の一つとして、北海道開発庁の一般的な権限の範囲内に属するということができる。」

2  所論は、この原判示につき、反社会的あるいは違法な融資に対する消極的指導は、北東公庫に対する一般的な監督権限の延長あるいはこれを担保するものとして是認しうるが、開発計画に含まれる民間の事業に融資をするよう指導することは、北海道開発庁長官には民間事業に関する推進権限がないことからして肯定されるものではない、また、その権限に基づく指導は、あくまで一般的監督権限の行使によって行われるべきものであり、個別の融資に対する監督権限を認める根拠とはなりえない旨主張する。

これらの所論のうち、まず、北海道開発庁長官に民間の事業に対する推進権限がないことを根拠とするものは、これまでに判示してきたところからも、理由のないことが明らかであり、到底採用できるものではない。そこで、北海道開発庁長官の北東公庫に対する監督権限も個別の融資にまで及ぶものではないとする後段の所論について検討する。

3  まず、北海道東北開発公庫法(以下、北東公庫法という。)三三条は、その一項において、「公庫は、主務大臣が監督する。」とし、その二項において、「主務大臣は、……公庫に対して業務に関し監督上必要な命令をすることができる。」として、主務大臣の監督権限を明らかにする。そして、同法三六条に定める主務大臣は、内閣総理大臣と大蔵大臣であるが、前述したように、内閣総理大臣の権限に属する事項については、北海道開発庁長官が原則として専決処理することとされたため、北海道開発庁長官は、大蔵大臣と並んで、同法に定める各種の監督権限を行使しうることになる。しかし、北東公庫は、北海道及び東北地方における産業の振興開発を促進し、国民経済の発展に寄与するべく、長期の資金を供給すること等をその業務として設立された国とは別個の法人であるので、公庫の出融資あるいは債務保証等に関する日常業務は、原則としてその自主的運営に委ねられているとみるべきである。したがって、前記の主務大臣の監督権限も、公庫の業務運営がこの法律及びそれに基づく命令等の一般的準則に従って行われているかどうかを監督することにその主眼があるといってよい。

4  もっとも、北東公庫法二三条によれば、公庫は、四半期ごとに事業計画及び資金計画を作成し、主務大臣の認可を受けなければならないこととされ、また、同法三三条二項に基づく主務大臣の命令書五条の定めによって、公庫は月例報告として、毎月の新規の出資等の内訳表や出資等の申込の受理及び決定表を提出すべきものとされているのである。そして、北東公庫本店総務部財務課長をしていた毛利稔の証言によれば、この四半期ごとの事業計画及び資金計画の認可を受ける際には、北海道開発庁にも個々の出資について事前に説明しその了解を得ているし、融資についても、大規模な融資や新規の融資に関する限り、融資内容について説明することがあるというのである。また、この毛利証言によれば、月例報告書を北海道開発庁に提出するときにも、新規貸付内訳表等の内容を補足する資料を同庁に持参し、これを渡して説明していることも明らかである。このような法律・命令の定めやその運用の実情に即すると、北海道開発庁としても、北東公庫の個々の融資に関して全く指導監督権限が及ばないわけではなく、少なくとも、天本証人が供述するように(原審第三回公判四〇丁参照)、出融資が反社会的なものである場合にこれをやめるように指導するとか、北海道開発の推進上特に重要なプロジェクトについて緊急の必要がある場合に、北東公庫に出融資の紹介を行うことなどは、許されるところと解してよいと思われる。この前者の点は、弁護人らも一般的監督権限の延長ないしこれを担保するものとして是認するところであるが、後段の点も、これまで再三にわたって述べてきた北海道開発庁の開発事業に関する推進権限からすれば、北東公庫に対する監督権の行使として認められるべきものと解される。そもそも、北東公庫法一九条は、北東公庫の融資等の対象となる事業の指定を主務大臣の権限としているのであるし、同法二〇条に基づき公庫が作成した業務方法書第五条も、「本公庫はその業務を行うに当っては、政府の北海道又は東北地方の開発政策に順応し、関係行政庁及び政府関係機関との連絡を密にする」旨を規定しているのである。北東公庫の低金利による長期の融資は、民間事業等に対する最も有力な支援策の一つであるだけに、北海道開発の推進を図るべき北海道開発庁において、北東公庫の資金がどのような地域でどのような事業にどれだけ使われ、また、それが北海道開発の動向とも合致しているかどうかなどに関心を持ち、必要に応じて指導監督に及ぶのは当然であり、前記の事業計画や資金計画の認可及び月例報告の運用実態も、これらの点を掌握するための必要性から生じたものとして肯定されるところである。例えば、地域の開発、発展に大きく影響すると思われる大規模案件等に関しては、個別の融資についても北海道開発庁の監督権限が及ぶのでなければならないと考えられるし、天本証人が設例として挙げる後者のような場合にも、監督権限に基づく行政指導の一環として、北海道開発庁において融資のあっ旋、紹介などをなしうるものと解される(上磯町リゾート総合開発事業へ融資するよう北東公庫に働きかけることが天本証人のいう「北海道開発の推進上特に重要で、しかも緊急を要する場合」に当たるかどうかは問題であるがこれに当たらないとしても、それは、裁量権の逸脱の問題であり、働きかけ自体は、北海道開発庁長官の一般的職務権限内の行為と認められる。)。したがって、この点に関する原判決の前記判示は相当であり、所論は失当である。

六  以上のとおりであるから、北海道開発庁長官の職務権限に関する原判決の判断には、判決に影響を及ぼすような誤りは全くなく、法令の適用の誤りをいう論旨は理由がないというべきである。

第五  量刑不当の論旨について

論旨は、要するに、仮に、Bから供与された本件金員が賄賂性を有するものとされ、有罪と認定されるにしても、被告人を懲役三年の実刑に処した原判決は、量刑不当であり、被告人に対しては刑の執行猶予があってしかるべきである、というのである。

そこで、検討するに、原判決も判示するように、本件は、北海道開発庁長官であった被告人が、その在任中に、鉄骨製造業等を営むとともに、北海道での開発事業に乗り出した共和の取締役副社長のBから、同庁の未公開情報を提供することなど職務に関する具体的な請託を受けて、合計九〇〇〇万円にのぼる賄賂を収受したという事案である。

収賄金額が多額にのぼること、うち七〇〇〇万円までが被告人の要求によるものであること、北海道で開発事業を営む共和との露骨な癒着ぶり等を考えると、犯情悪質といわざるをえない。また、被告人は、国務大臣をもって充てるべき国政枢要のポストである北海道開発庁長官の地位にありながら、政治資金、選挙資金に事欠く状況から判示の犯行に走り、北海道開発行政の公正さに対する国民の信頼を大きく傷つけ、多くの政治不信を引き起こしたのであって、その行為が社会一般に与えた影響も大きく、被告人の責任は重大であるといわなければならない。

これらの点にかんがみると、被告人がこれまでその政治活動等を通じて、多くの社会貢献を果たしていること、本件で収受した金員は政治資金に充てられ、これにより私財を蓄えた様子は窺われないこと、共和の破産管財人に本件金員のほか、他の供与を受けた金員をも含めて、合計一億六〇〇〇万円余を返済していること、被告人の年齢その他所論指摘の諸事情を十分斟酌しても、被告人に対して刑の執行を猶予するのは相当でなく、原判決の量刑は、刑期の点を含めて重すぎて不当であるとはいえない。この点に関する論旨も理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき同法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 早川義郎 裁判官 八束和廣 裁判官 門野博)

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